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教養脳

The church bazaar will be held today.
I'm going to take part in the charity concert.

本日は夙川カトリック教会でバザーがあります。
12時半くらいから、テレジアが30分ほど演奏します~。

さて。
昨日書いた話は、結局アタシって「変人を淘汰しないでほしいな」って思ってるってことなのかしらん。
「変人でも生きやすい世の中だといいな」って。

「変人」ってなれるもんじゃないから。
(そもそもそ「変人」は自分のこと「変人」とは、つゆほども思ってないと思うし)
逆に「治せる」もんでもないと思うから。
周りの人も、そのつもりでいてあげて・・・みたいな。
「エライ人は教育者であるべき」ではなくて。
「変人でもエライんだよ」って。

当たり前の話だが「変人もエライ」けど「教育者もエライ」。
というか。
「尊敬する人」で最初に思いつくのが、MOCHAの場合「サリバン先生」なの。
ヘレン・ケラーを導いた先生ね。

よくある「ダメダメだった集団(もしくは個人)をよみがえらせた指導者」みたいなドラマも、わりと好き。
(最終的に涙を流させる系になるから、つまんなくなって見ないんだけど、その立ち直らせる過程には興味ある)
人を導く力って、すごいと思う。

テレジアも、以前は練習時間になっても人がきてなかったり、今日は出席者が少ないねーみたいな、家で楽譜を開かないような、普通に楽しく歌うコーラス同好会だったのが。
今じゃ、練習の10分前くらいにはみんな揃ってるし、欠席する人は連絡が入るし、家で練習するのが当たり前だし、実力も比べ物にならないくらい上達してるし、メンバーもどっと増えたし・・・みたいになったけど。

それって、べつに「がぁさんが優秀な教育者だったから」じゃなくて。
ただ単に「がぁさんが自分の音楽に本気だった」ってだけだと思う。
つまり「社会人としてどーか」みたいな発言もついやっちゃうくらい、どーしても「音楽が好き」だったってことだと。

でも「優秀な教育者」でも、同じ結果は得られると思うんだよね。
「教育」の力で、人をやる気にさせて、歌の実力をあげさせることだって、きっと出来ると思う。

誰かを導くという点においては、「変人」だろうが「教育者」だろうが、どっちでも結果は同じって気がする。

親であるってことも同じかなぁ。
つまり、親は子供に対して教育らしいことは何もせず、ただ単に「子供に『はやくあんな大人になりたい』って思わせる親」であってもいいし。
教育によって、より幸せと思われる方向に導く親であってもいいし。

だから「大学の教員」が「教育者」でもいい。
でも「教育者」でなければ「大学の教員になってはいけない」っていうのは、おかしい。

って、思うんだなー・・・と、「教養脳を磨く!」を読んで思ったりしたのでした。
この本面白いから、オススメだよ。

「教養脳を磨く!」 林望・茂木健一郎 (NTT出版)

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変人、その2

The weather was unstable.
It was fine in the morning.
But It rained occasionally in the noon.

当たり障りのない「お天気」のことばっかり書いてて、英語力UPになるのでしょーか。
ま、いいや。

昨日書いた「変人」で思い出したけど。
林望さんと茂木健一郎さんの対談本「教養脳を磨く」(NTT出版)の中で。
「アカデミックな変人」待望論が出てきます。

林さんといえば「イギリス」というイメージですけど。
この本の中で、茂木さんともども、イギリスと日本のアカデミズムの差、インテリとしての総合力の差が大きすぎることをおっしゃってて。

アカデミズムのテンションが違うんだとか。

ケンブリッジには、アカデミズムに没頭しすぎて「変人」になってる人がたくさんいる。
日本ではそういう学者がいない・・・と。

林「例えば大学の教員たるもの、教育者としての能力がないといけないとか何とか寝言みたいなことを言ってる人がいるでしょう。僕は大間違いのコンコンチキだと思っているわけ。教育者としての能力なんてなくていいんですよ。(略)本当に学問の鬼みたいな人がいたとして、口を開けば「あー」とか「うー」しか言わない。でも、その人の存在自体が若い人たちにものすごいインパクトを与える」
茂木「地が揺らぎ、天が落ちてくるようなインスピレーションを与えますね」
林「あの人が、例えば自分の論文を読んでくれたというだけで、天にも昇るような気持ちがする。そういった存在の重みが大切なんです」
茂木「容易に追いつけないような存在ですね」
林「絶対追いつけないような、何か隔絶したものを持った人は、教えなくていいんです」
茂木「そこに存在しているだけでいい」

確かにそうだなぁ・・・と、MOCHAも思うのですよ。
いや別に大学の教員が「教育者」であってもいいんだけど。
(そーゆー意味じゃ、専業主婦だろうが、サラリーマンだろうが、コンビニ店員だろうが、俳優だろうが、なんだって「教育者」であってもいいんだけど)
でもむしろ「教育者」なら、「大学の教員」よりも「学校の先生」とかの方が向いてるんじゃないかなー。
大学は「大学校」じゃないもんね。

この対談では教養についての話だから、大学の話になってるけど。
芸術はそれがもっと顕著。
「これはこの人しか出来ない」というものを持っていれば、それだけでいい。存在するだけでいい。
「教える」必要はない。
芸人とか、職人、棋士なんかも、そういう部分が大きそう。

この本の中にケンブリッジ的な変人の例があげられてて。
茂木「そういう人が出てきたら、若い人はみんな憧れると思うんですよ。ああいう人になりたいと。今は憧れるような学者がいないでしょう。若い人が憧れるといったら、学者村社会で出世するか、メディアに出てうまいことやってる学者とか、そういう人ばかりですからね」

と、まぁ、メディアにいっぱい出てる茂木さんがおっしゃるのも、どーかって感じだけど(^^;。
でも、ほんと、学者が「自分のやってる研究が面白くて面白くて、夢中になっちゃって。ハタから見ると変人に思えちゃうくらい没頭」してたら、若者としては「なんか面白そうだよなー」と思うだろうし。
やってることが、本当に面白いことなら、若者は「自分もそれをやりたい」と思うはず。

「教育者」は、若者に「やりたくないけど、やらなきゃいけないこと」を上手にさせて、若者をいい方向に導く人だもんね。
「アカデミックな変人」は、自分の研究のことしかアタマになくて。
その研究になんの興味もない若者には、こっちもなんの興味もなくて当然。
若者を育てようとか、ちーーーっとも興味ない、というか、んな時間あるかいって感じだろうなぁ。

まぁ「まっとうな社会人」にはなれなさそうだわ(^^;。

まっとうな社会人になって経済的に豊かになるためには「空気を読む」ことは大事だけど。
まっとうな社会人でいることよりも、経済的に豊かになることよりも、「もっと大事なことがある」人は「変人」でいていい。
アカデミックなことが「もっと大事なこと」であるような「変人」が、日本にもたくさんいて欲しい・・・というような話なのだと、MOCHAは解釈しました。

MOCHAがむかーし「がぁさんって『先生』じゃないよねー」ってがぁさんに言ったのは。
「がぁさんって『芸術的変人』だよねー」って言ってるようなもんだったのかも。
確かに、がぁさんが「音楽的教育者を目指す者」だったら、MOCHAは弟子入りしたいとは思ってなかっただろうなぁ・・・。

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変人

I sowed some seeds today.
I'm looking forward to come up.

庭のほうれん草がうまく出来て、毎朝、採れたてのほうれん草が食べられることに気をよくして。
今度は、リーフレタスやらサラダ水菜やらの種を蒔いてみました。
種まきにはちょっと遅いけど、まだ大丈夫でしょ。

ミニトマトも順調に育ってるし。(トマト専用の土に苗を植えたんだから、失敗する方が難しいくらいだけどさ)
しし唐の花も咲き始めました。

さて。
MOCHAの愛用している「ほぼ日手帳」には各ページに言葉(過去にほぼ日サイトに掲載された文章の抜粋)がついてるのだけど。
今日の言葉。

"ブレているのに、いいと思える写真"と
"ブレているから、だめとなる写真"の違いは、
やっぱり、その時のあなたに、たとえ少しだとしても、
"何とか写って欲しい"というような
気持ちがあったかどうか、だと思うのです。
『写真がもっと好きになる』より

あー、昨日書いた「愛情を入れない」の話とつながる、というか、写真もおんなじだなぁ・・・と思ったよ。

ブレてしまった写真でも、気持ちがあると「いい写真」になれる。
逆に「気持ち」がないと、それは「だめな写真」になっちゃう。

「気持ち」に頼らずに、「いい写真」を撮れるようになるには。
ものすごくものすごく、それこそ「鬼気せまる」くらいの修行が必要なんだろうなぁ。

でもね。
思うのだけど、その「差」(いい写真とだめな写真の差とか)がわかる人なんて、ごくごく一握りだよね。

以前のヴォイトレの時、ミリ単位って感じの声の調整をしたことがあって。
それで「ピタッ」と来た時は、感動したけど。
その時、がぁさんが「初めて聴く人には、わからない差なんやけどね」って言った。

先日のレッスンの時も、半音の4分の1くらい、つまり「8分の1音」くらいの音の高低を調整するようなことをしたんだけど。
「今のままでも十分キレイです。お客さんにも褒められます。でも、もっとキレイになります」って。

「初めて聴く人」どころか。
MOCHAなんて、1年以上、自分が「望まれる音を出してるかどうか」見当もつかないような状態だったし。
3年以上たって、ようやく「あぁ、こっちがキレイだ」とわかるくらいになりかけた・・・みたいなテイタラク。

よく
「がぁさんの音楽のことを一番よく知ってるのはがぁさんだから。
MOCHAは、お客様が満足する音楽ではなく、がぁさんが満足する音楽をしたい」
と言うのだけど。

普通の人は1万円のワインと50万円のワイン、初めて飲んで、その差、価値の違いはわからないと思う。
MOCHAなんて、3000円のワインと比べたって、「どっちも美味しい」で終わりだと思う。
そういう人たちを集めてワインパーティをするとしたら。
高級なワインを揃えるよりは。
むしろ「ワインの経歴などを、楽しいおしゃべりを交えて解説する」とか。
「素敵なラベルのワインを揃える」とか。
「BGMにいい音楽を流す」とか。
高いワインを出すなら値段を伝えて、それを目玉にするとか。
その方が「お客様に喜んでいただけるパーティ」になると思う。

演奏会でも「普通のお客様に喜んで頂ける演奏会」を目指すならば。
一般の人に(どころか、音楽やってる人でも)、容易にその差がわらないような音楽への凝り方をするくらいなら。
そのぶん、
「わかりやすい解説」「楽しいお話」「お揃いの衣装」「工夫を凝らしたパンフレット」
などに力を入れた方が「喜んで頂ける」演奏会になるはず。

むかーし、1万円かなんかで落札された絵が、ゴッホだと判明して大騒ぎになったりしたけど。
ものの価値なんて、そんなもんで。
一流品と二流品、三流品の区別なんて、ほんとーーーーにごくごく一握りの人にしかわかんない。

でも、がぁさんは、そんな、ほとんどの人にわからないような「一流の音楽」を目指してるんだよね。
だから「人に評価されてなんぼ」という価値観の人から見ると「なんで、そこまで大変な思いをするワケ」と、思われちゃうだろうなぁ。
「それよりも、他にやることあるだろう」みたいな。
「社会人としてどーか」みたいな(^^;。

芸術家と呼ばれる人に「変人」が多いワケも、なんとなくわかるような気がしてくる今日この頃。

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ホンモノ

今、糸井重里さんのサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を読んでて、「うわーー、そうそう!」という言葉がここにあったんで、つい書いてしまう。
(本日二度目の更新だから、英文日記はなし)

フードスタイリストの飯島奈美さんの料理を、糸井重里さんとよしもとばななさんが食べながら対談しているのだけど。
その中で、糸井さんが。

「愛情入れないでね」っていうことを、
ぼく、言いたくなるんですよ。
愛情入れるのダメよ。
受け取る人は、
愛情だと取るかもしれないけど、
愛情じゃないよね。
「わかってね」っていうの、
飯島さんには、ないよね。

っておっしゃってるんですよね。
あぁーーー、そう!ほんと、そうだよね!って思った。
本当にいいものを提供したいなら「愛情を入れる」のはダメ。

歌でいえば
「心はこめないでね」
ってこと。
聴く側は「心がこもってるなぁ」と感じるかもしれないけど。
歌う方は「心をこめて」はダメ。

心をこめずにいい歌を歌うなんて、むーーーーーっちゃくちゃ難しいし、しんどい。
でも。
そこでくじけないで、乗り越えたら、本当にいい歌が歌えるような気がする。

愛情を入れずに料理をして、人を満足させられたら、それはホンモノだよなー。

いつも漠然と感じてることを、糸井さんに端的に言葉にしてもらって。
MOCHAは、ますます「心をこめない、ホンモノの歌が歌えるようになりたい」な気持ちになったのでした。
(「愛情をこめない料理」は、MOCHAには無理・・・ではないにしても、今はそこまで労力をさけない。かなり「愛情」に頼ってる状態でいいやって思ってます。年をとって、心をこめない歌をあきらめたりしたら、そこから修行をスタートするかもだけど)

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寝坊しちゃった

I overslept this morning.
I feel light regret.

寝坊したせいで、あっと言う間にお昼になっちゃった。
旦那のブログを読んだら、自分を良い方へと動かしているようで、エラいなぁ、それに比べて・・・我が身を少々反省。
旦那様、一時期は3ヶ月、家に帰れなかったりしてたけど、今は週に1回くらいは帰れるくらいにはなったみたい。
でも、忙しさで荒んでる感じは全然ない、というか、むしろ「穏やかで落ち着いてる」感じがしてたから、精神的には充実してるのかなぁなんて思ってたけど。

MOCHAが今朝寝坊したのは、昨夜、家でワインを飲みながらDVDを見てて、夜更かししちゃったせい。
今日は飲まずに寝よう・・・。

昨日のテレジアの練習は、バッハは歌わず、今度の日曜日(5月31日)の夙川カトリック教会のバザーで、30分ほど歌うための練習のみでした。
毎年やってるけど、バザーの目玉は「テレマン協会」の演奏で、テレジアはその前座ですな。
12時半から演奏する予定。もちろん無料ですよ。

昨日は練習前にヴォイトレをさせてもらったので、そこでバッハを歌わせてもらいました。
この日は、声うんぬんよりも、発音の確認と「何か気になるクセみたいなものがないか」みたいなのを、ざっとみてもらうために、BWV227の3分の2ほど(ほんとは全曲あわせたかったけど、時間切れ)を、がぁさんと合わせてみました。
まぁ、おおかたは大丈夫みたい。良かった。

流れるように歌うところと、歯切れよく歌うところなんかの違いや。
長母音と短母音の歌いわけなんかは、まだちょっと出来てないし。
子音のいれかたや、ブレスの場所なんかは、練習でがぁさんの歌をよく聞いて、真似っこしてカラダに入れなくちゃだし。
まだまだ、やることいっぱ~い。

テレジアの練習では、久しぶりに「声をピッタリあわせる」ことをやって。
やっぱり「ピタッ」と合うと、強烈に気持ちよかったーーー。
金曜日のレッスンでは、いつもやってることだけど、その時はいつも各パート一人の4人で歌うから、少人数なの。
昨日は、10人くらいでピッタリあわせるってのをやったから、難しいぶん、出来ると少人数の時より気持ちいい。

ほんとーーーに「ピッタリ」だったのは、1分くらいだったと思うけど。
その瞬間の感触は、やっぱり「生理的に気持ちいい」んだよね。
生理的な気持ちよさのあとで、「あぁ、出来たー」みたいな精神的な気持ちよさがやってくる。
この最初の、原始的な生理的な快感が、結局、クセになっちゃうんだなー。

90分の練習のうち1分でもこんな時間があると、「あぁーーー、最高!」って気持ちになっちゃう。
まぁそんな「ゴキゲン」な気分で家に帰ったから、ワインも進んじゃったのかも(^^;。

今日の練習でも、こんな気持ちになる瞬間があるといいなぁ。

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自分の表現

Hummm....
I want to write something in English.
But I don't hit on anything.

いやさ。
書きたいことはいろいろあれど、英語になおせないんだよー(泣)。

なんとかバッハの音取りは目処がついて。
また、いろいろと再開してます。
・・・そういえば、「音をとる」って英語でなんて言うのかなぁ。
ちなみに「めどがたつ」は「be in sight.」だって。
なるほどねー。

しかし・・・。
パッハのBWV227、なんか、ものすごーーーく難曲だってイメージがあったのに。
音取りがこんなにすんなり出来たのは、何故?って感じ。
ラッススの「ペテロの涙」やら「シビラの預言」やら、不協和音バリバリのプーランクやらで鍛えられたおかげ?
今ならジェズアルドでも、どんと来い!・・・って、ウソです、ウソです、ウソですよー。

とりあえず、音取りは出来たとしても。
がぁさんのバッハなんて、歌ったことないし。
がぁさんが、どんなのを望んでるのか、ちょっと想像がつかない。
そこが、ある意味コワいし、ある意味楽しみ。

最初はTAKAちゃん先生のバッハで歌わせてもらって。
そこから、がぁさんの思うバッハを探っていかなくちゃ。
んーーー、どんなんだろー、すごく楽しみ。
ヴォイトレとかで、あの手この手で探ってみよー。
(がぁさんの場合は、自分から「こう歌ってください」と言葉で説明するのが苦手。こちらから、がぁさんの歌から何かを感じたり、アレコレ探ったりしないと、見逃すことが多い)

MOCHAの場合「自分のバッハ」ってのは、ないんだよね。
今持っているのは「MOCHAなり解釈したTAKAちゃん先生のバッハ」だけ。
まぁ、「自分のバッハ」があるんなら、アタシが指揮者になってるわね。

MOCHAはあくまでも、「指導者の音楽」を自分のカラダで表現したいんであって。
「MOCHAの音楽」ってのはないの。

表現手段としては、MOCHAは音楽ではなく、「文章」を選んでる。
だから、まぁ、稚拙ながらも「MOCHAの文章」はあるつもり。

団体の文章の中で、偉そうにも
「文責・MOCHA」
なんて書いたりして。
「この文章の責任は、すべてアタシにある」って自覚と自負があったりするけど。

「音楽監督・MOCHA」には、絶対なれないと思うし、なりたいとも思わない(少なくとも、今は)。
音楽に関しては、MOCHAは
「優れた道具」
で、ありたいなー、といつも思う。

がぁさんに弟子入りした時。
「アタシは、がぁさんが思い通りに鳴らせる楽器になりたいの。
がぁさんが女声でアルトならこう歌う、ってのを、そのまんま再現できるようになりたいの。
だから、そんな風に導いて」
と、お願いしたけど。
そんなの、「自分の音楽」を持ってる人には、ちょっと考えられないよね。
むしろ、そんな風に自分を「改変」されるのは、我慢出来ないはずだと思う。

・・・ま、「導いて」っつーても、わざわざ手をひいてくれたりするような師匠じゃないから。
ずるずると引きずられながら、置いていかれそうになるところを、というか、ある時は「ついてくるな」と振り払われながらも、執念深くしがみついて、なんとかついてってるって感じだけど。

音楽・文章などに限らず、絵画・建築・映像・お笑い、仕事・家事や、生き方に至るまで、「自分の表現」を持っている分野は、他人におもねらず、自分のものを磨き続ければいいし。

「ここには自分の表現はないな」って分野は、尊敬する人や目標になる人を目指すもよし、とりあえず「楽しく」やるもよし。

なんてことを思う、今日この頃でした。
さ、明日は、パッハの練習2回目だ。
楽しみ~。

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音取り中

I was very tired from music lesson yesterday.
My brain is poor...

昨日の練習はえらくハードで、脳味噌がしびれてきて、だんだん意識がもうろうとしてきたよ。
全体的に出来が良かったから、練習のムードはすごくなごやかだったんだけど。
やってることがハードで・・・というか、この日は初めてのことをやったから、余計に脳に負担がかかったのかも。

でも、一晩寝て、とりあえず元気。

ここ数日は、音取り中ということで、他のアレコレはいったん棚上げ。
英語もラテン語もWiiFitも。
スポーツクラブは休館中だし、入門講座もお休みさせてもらって。
・・・あ、そう言えば、パソもあまり立ち上げないから、メール、久しく読んでないわ。イカンイカン。

でも、おかげで、バッハ、だいぶとれてきたよ。

今日も、朝から音取りしてたんだけど、やめようやめようと思いつつ、ご飯を食べては「もうちょっと」、おやつを食べては「あと一回だけ」なんてやってて、結局夕方4時くらいまでずるずると歌ってたわ。
んーーー、なんて贅沢な時間の使い方なんだ。
専業主婦の特権だなぁ。

こないだ
>>やっぱり、これも「一日(90分)で全曲音取り」する・・・のかなぁ。するんだよなぁ、たぶん。
って書いたけど。
まぁ当然といえば、当然のように。
すらららら~っと全曲通しちゃって「という感じで、家で見ておいてください」でオシマイ。
30分ほどで、一回目の音取り終了。

翌日、バードさんが「音取りだからって、テンポを遅くするってことすら、しないんだもんねー」と苦笑してたけど。
そうなのよね。ほぼ、本番のテンポ通りでの音取り。

もうとにかく「音取りは各自が家でするもの」ってのが徹底してるよなぁ。

「Jesu, meine Freude」は「名曲」で「難曲」というイメージがあったし。
「ほんまに、いつも通りに出来るんかなー」と半信半疑だったけど。
やっぱり「やれば出来ちゃう」んだ。
・・・ってことが、今まで何回あったことか。

普通なら「それは無理」「自分には難しい」と尻込みしそうなことでも、やってみると意外に出来るんだなって、ほんと思う。
今まで、何度も何度も思った。
ただ、そこへ踏み出すエネルギーは、すごくいるけど。

だから、MOCHAも英語だのダイエットだのってやってるけど、たいていのことは「絶対やれば出来る」「出来てないのはやってないから」だって、しみじみと痛感するよ。
結局MOCHAは、英語もダイエットも、その他いろいろも、その程度しか必要としてないんだなって。

まぁ、その程度もその程度なりにやれば、楽しいんだよね~。
というか、その程度しか必要としてないのに、無理に頑張っちゃうのもイヤ。
自分が「この状態が一番楽しい」と思えるように生きるのが一番!と思うMOCHAでした。

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王道

I cricked my neck while sleeping.

英借文はいいけど、一文書いても先が続かないし、「だから何?」ってハナシばっかだなぁ。
え?日本語も「だから何」だって?ほっといてちょーだい。

インフルエンザの影響で、スポーツクラブも一時休館だし、今週末に予定されてた合宿も延期に。
近所のコープは、マスクしてる人だらけです。

ハナシは変わるけど。
今度テレジアで、バッハの「Jesu、 meine Freude(BWV227)」を歌うんだよー。
いやぁ、最初聞いた時は「ウソ~?!」と思ったけど。
楽譜を頂いて、しみじみと「ホンマやったんや」と。
まぁ、ラッススの「ペテロの涙」も歌えたんだから、出来るかな(・・・そーゆー問題?)。

明日がその練習の初日。
やっぱり、これも「一日(90分)で全曲音取り」する・・・のかなぁ。するんだよなぁ、たぶん。
あらためて「素人ばなれ」した練習だよなー・・・などと思ってしまう。

発声の問題がなければ、OPEのメンバーにも「ちょっと来てみー、一緒に歌ってみー」と言ってみたくなるなぁ。
でもがぁさんの指導で歌う以上は、がぁさんの発声をマスターしてもらわないと困るから、無理だけど。
(今年はOPEは「記念演奏会」なので、そもそもそれどころじゃないって)

十年以上バッハを歌ってたMOCHAは、歌詞がある程度読めるだけでも有利なはずなんだから、頑張らないと。
明日は歌詞なしで歌わせてもらうけど、来週はせめて8割、出来れば9割くらいは音がとれてるようになっとかないとなー。
うぎゅぎゅ・・・。
どきどき。

次回のテレジアの演奏会は、パレストリーナ(ミサ・ブレヴィス)にバッハにブルックナーのモテット数曲と、バラエティに富んだ、でもある意味「王道」なものになりそうです。
・・・思えば、有名曲が多い、つまりは、ごまかしがきかない演奏会ってことか(^^;。
うひゃー。

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ゲーム

I played video games with my darling yesterday.

Wiiってけっこースゴイ。
WiiFit目的で買ったんだけど。
ネットにつなぐと、いろんなことが出来るのね。

古~~いゲームもダウンロード出来るの。
懐かしのファミコンゲーム「スーパーマリオ」と「マッピー」(どっちも500円)をダウンロードして、旦那様と遊びました。
うっわーーー、懐かしいーーー。
昔のままの画面に、音楽だー。

ダウンロードメニュー見たらファミコンゲームだけでなくて。
「PCエンジン」だの「MSX」だの、むちゃくちゃマニアックなゲーム機のゲームもあったり。
大学時代、旦那様がMOCHAの下宿でハマってた「ネクタリス」(PCエンジン)っていうゲームもあるわ。
うわー、すごーー。
あ、MOCHAが好きな「ファイアーエムブレム」シリーズもあるー。
MOCHAの買いそびれてたのもあるわ。
きゃー、いつか、買っちゃうかも。

DSゲームの新作の「お試し版」も、DSにダウンロード出来ちゃう。
それがまた、当たり前だけど、いいところで「続きは製品版で!」なんだよねー。
うーん、ウマイ商売してるなぁ。

任天堂、すごい。
老若男女にウケちゃってるのも、わかるなぁ。
しばらくゲームから離れてたMOCHAだけど、またちょっと、ハマりそうだにゃ。

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休養

My darling is in bad shape.
I worry about him.

なんて、英語で書いてる場合か。
MOCHAのダーリンが、体調不良。
今朝「しんどいから、おうちに帰る」って、帰ってきました。

まぁ、おうちに帰れるだけ、ありがたい。
以前、旦那様が風邪をひいた時、それでもうちに帰るヒマがなくて、40度近い熱を出したまま、ホテルで寝てたもん。

とにかく、まずは、おうちでゆっくり寝てもらいました。
それで、少しは楽になったみたいだけど・・・。

旦那様、体調不良を自覚して、病院で精密検査をしてもらったらしいけど。
どの検査も良好。とっても健康・・・らしい。
血液検査の結果も、心臓、肝臓などの内臓も良好。
検査料が「12000円」かかって、それが一番「イタイ」んじゃないかってくらいだ。

まぁ、カラダが痛いよりは、懐具合がイタイぐらいがよろしかろうね。

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サーバー出汁

I had miso soup with a little wasabi.
It was delicous.

図書館で借りた料理本に、味噌汁にワサビというレシピがあって、さっそく試してみたらば。
これがなかなか美味しかったわ。
普段は、MOCHAは「味噌汁に七味」です。

前日から「明日は味噌汁をしよう」と思ってる時なんかは、鍋に水と煮干しを放り込んでおくけど。
急に「今からお味噌汁を食べたい」って時は、コーヒーサーバーで出汁を作っちゃう。

コーヒーのカスや紅茶の葉っぱをぎゅーっと押さえるタイプのコーヒーサーバーってあるでしょ?(こういうの
これに、削り節をひとつかみ(5グラムくらいかな)を入れて、味噌汁一人分よりちょっと多めの熱湯を注いで。
3分ほど待って、茶漉をぎゅーっと落して、出汁だけを鍋に移せば出来上がり。

実はこのタイプのコーヒーサーバーは、ティーサーバーとも言われてるけど、本来は紅茶を淹れるためのものじゃなくて、コーヒーのためのもの。
紅茶は、葉っぱが循環(ジャンピング)しやすいように、ダルマ型の丸いポットで淹れるのが基本。
だから、このタイプのサーバーを使いたい時は、いったん、ダルマ型の丸いポットで紅茶を点てて、それを温めたサーバーにうつす、という使い方をした方がいいです。
(じゃ、なんのための茶こしだってハナシだけどね(^^;。だから、コーヒー用のサーバーなんだって)

MOCHAはもっぱら紅茶党なので、大昔にいただいたコーヒーサーバーを、納戸にしまいっぱなしだったの。
とある本で、これを出汁をとるのに使ってるというのを読んで。
「おぉ、そりゃーいいわ」と、早速、まねしてみたらば。
うん、こりゃ便利、と、それから煮干し出汁より、この簡単削り節出汁の味噌汁の方が増えちゃった。

それにしても。
「これは紅茶用じゃない」とかって書いたけど。
これで出汁をとるよりは、まだ、紅茶を淹れる方が、サーバー本来の姿だって気もしなくもないな。わはは。

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基準

I tied my hair in the back because it was hot.
It seems to have become summer.

前回も今回も、思いっきりカンニングの「英借文」なんだけど。
演奏会をするのが「give a concert」ってのも、ちょっとビックリしたけど。
夏が来たようだ・・・って、この文章であってんのかいな。
MOCHA的には「まるで夏が来たみたいに暑い」って言いたいんだけど。
これだと「どうやら、夏になったようだね」ってことなのかな。
いや、まだ夏じゃないぞー。

ほんま、アタシの英語力って稚拙とゆーか、なんとゆーか。
うーーーん、自分がここまで「出来ない子」だとは思ってなかったわい。

コンサートをgiveするってのも面白いけど。
以前、NHKの英語番組で「特権をenjoyする」って(英語で)言ってて。
へー、そういう使い方も出来るのかぁ、と思ったよ。
日本語で言うところの「享受する」ってことだね。

以前「今シーズン、見ようかな」と言ってたNHKの「Jブンガク」は、MOCHAにはレベル高すぎ。
内容は面白いんだけど、英語勉強の役には全然たってないです。

まぁねー、冬山登山コースに乗り換えれば、わりとスンナリいくんだろうなぁ、とは思うのだが。

歌も頑張ってるけど、同じ冬山登山でも、一番「初心者向き」の冬山タイプだしなぁ。
だから例えば、同じくらいの努力を「囲碁」でやっても、まず「プロ棋士」にはなれないだろうと思う。(いや、年齢制限とかそういうのは別としてね)
それこそ、家族も犠牲にするくらいの覚悟がいるだろうなぁ。
今の歌の努力と同じくらいなら、まぁ、アマチュア5段くらいまでいければいいくらいだろうな。
MOCHAは、将来的には囲碁でアマチュア初段くらいまでいきたいなーって思ってるんだけどね。
それはまだ、先の話。

最近、いろんなことの努力の量とその成果を、歌の努力と成果に照らし合わせて、「だいたいこれくらいすれば、このくらいまで行けるだろう」って推測してます。
たとえば、料理で「本当に美味しい味」がわかる舌になるためには、これくらいの努力が必要だろう、とか。
5キロ痩せるには、歌の5分の1くらいの努力でいいだろうとか。
そのわりに、今は歌の20分の1くらいの努力しかしてないなー、とか。

まぁ、なんにせよ。
周囲から「アンタ、大丈夫?」とか「なんで、そこまでするの?」とか「いい加減にした方がいいよ」って言われるくらい、何かに打ち込んだ経験が一度でもあれば、自分の中に基準が出来ますよねー。

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演奏会でした

We gave a concert today.
There was a surprisingly large turn-out at the concert.

演奏会、無事、終了。
大成功のうちに・・・と言っていいんじゃないかな。
非常にたくさんのお客さんに、聖堂修復チャリティへのたくさんのご寄付を頂きました。
ありがとうございました。

天気も良くて、恵まれた演奏会だったなぁ。

楽しく歌って、楽しく飲んで。
ご機嫌で帰ってきました~。

眠い・・・(-.-)zZ

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演奏会

I had happy holidays!

ゴールデンウィーク、いかがお過ごしでしたか?
我が家は、旦那様が3ヶ月ぶりぐらいに帰ってきて。
なんか、お祭り気分のMOCHAでした(*^^*)。

とにかく働きづめだった旦那様にゆっくりしてもらいたいし。
美味しいもの食べてもらいたいし。
楽しく過ごしてもらいたいし。

・・・MOCHAも、旦那様にいっぱい甘えたいし。
ごろにゃん。

冬山登山とか言ってるけど。
MOCHAの本筋は「主婦」で。
一番大事なのは「旦那様」なのだなーと、みょーに実感した日々でした。

で。
旦那様は、会社に戻ってしまって、すっかり日常にもどってる今日です。

明日は演奏会。
コルス・テレジアと、他2団体の合同演奏会です。
夙川カトリック教会で、13時半開場・・・だったかな?
無料ですけど、夙川カトリック教会補修のための、チャリティコンサートです。

演奏会前が、一番「何もしない時」だなぁ。
ある意味、一番「余裕がある」時。

音取り時は、もう、時間がなくてなくて、泣きそうだったりするけど。
その時は、楽譜にかじりつくような感じだけど。
音取りがすんで、勉強に入ると、楽譜を「読む」くらいになって。
それもすめば、あとは楽譜に頼るところはなくなる。
自分の感覚を磨いて磨いて。
「ほとんど仕上げた」という状態が、演奏会前だから、本番直前って、ほとんどやることないんだよね。

心落ち着けて、明日の演奏会、頑張ります!

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一点

I tried a new recipe yesterday.
Salty fried wings.
I rubbed a little salt and sake on wings.
After that, I fried them.
Very tasty!

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うーん、「手羽先の塩揚げ」ってどう言うんだ?
塩と酒をもみ込んで、低温でじっくり揚げるだけという、超簡単レシピのわりには美味しかった~。
絞ったグレープフルーツで割った焼酎(ソルティドッグの焼酎版)とともに。
ちゃんとグラスの縁にお塩もつけたんだよ。

また、その様子もおとなりのMOCHAごはんにアップしとこうかな。

最近、料理本を「読む」のが結構好き。
もちろん、美味しそうな料理の写真を眺めたりするのも大好きなんだけど。
特に料理人の名前がタイトルに入ってたり、大きく表示されてたりするような料理本の、レシピだけでなく、エッセイ部分を読むのが好きだったり。

やっぱ、MOCHAは「ある意味、おたく系」の「みょーにこだわりのある人の話」が好きなのかな。
料理人の名前がタイトルにあるような本は、その人のこだわりみたいなのが本全体にあらわれてたりして、それを感じるのが結構好きだったりするの。

なんだか、「歌に対する思い」とも似てるなぁと思うこともあるし。

例えば。
時々みかける「最初は自分なりの工夫・アレンジをせず、このレシピ通りに作って欲しい」という言葉。
がぁさんも「(自分の音楽を目指そうという人は)我流や他の指導者の方法に走ってはいけない」と言ってたなぁって思い出した。
そりゃま、「アーティスト」としては当然だわね。
「他のモノでもいい」んなら、自分はいらないんだから。
というか「自分の芸術(料理)がいい」という人以外に、ついてきてもらっても・・・だもんね。

丸元淑生さんは「塩味を決めるポイントはカメラのピントと同じで、ただ一点しかない」とおっしゃっていたそうで。
その娘さんの喜恵さんも「確かに塩味のピントが合う一点は存在するのです」と書いてらっしゃる。
MOCHAも昔「本当にハモった時って、なんか目の焦点がピタッと合ったみたいな感じ」と言ったことがある。

視力が徐々に落ちていくと、目が悪くなってることに気づきにくいでしょ?
それが普通だと思ってたら、ある日、初めて眼鏡をかけたら、急に周囲が鮮明に見えて。
「えーーー、世界はこんなにクリアだったんだ!」
とビックリするような感じ。

歌ってても、その一点を経験しないうちは、自分が濁ってることにも全然気づかないの。
そのぶん、初めて経験した時は、それはそれは鮮烈な経験で、「あーーー、あれをもう一回体験したいーーー」って思う。
それが本格的に「一般コース」から「おたくコース」にシフトする瞬間かも(^^;。

歌と同じくらい頑張れば、料理でも、この丸元さん親子みたいに「その一点」を経験出来るんだろうなぁと思うけど。
そして、その経験は、やっぱりすごく「鮮烈」なんだろうけど。
今のところ、ちょっと、そこまでする気にはなれないや。

今は「楽しく、そこそこ美味しい料理」が出来ればいいなぁと思うMOCHAです。

ヨーロッパでは「オタク」が褒め言葉だってのは、そういう「こだわり」に敬意を表するからだろうね。

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